2018年11月12日

GS
















GSといえばグループサウンズであろうが
最近困っているのがガソリンスタンドである。

近所にあった3軒がコンビニになったり
マンションになったり駐車場である。

ガソリンを入れるのに、わざわざ目的地から
逆方向に走らなければいけない場合もしばしば。
近所にないのである。

どうしてこんな事になっているのか。

「おまえ、どこで油売ってたんだ!」と
油売りはついで仕事のような丸儲けの
怠け者の仕事というイメージがあったが
どうやら怠けるという意味での「油を売る」は
死語になっていきそうである。

傷だらけの天使でショーケンが歌っていた
「おーーーーママ ママ〜〜〜」が聞きたくて
その次に「神さま〜〜〜〜おねがいだ〜〜〜〜〜♪」
が続くものだと思っていたが、聴いてみたら
ぜんぜん違う曲なのだな。
聴くまでわからなかった。



budoubatake at 23:31コメント(0)元気 

2018年11月11日

20181108p













そうして開演時間30分押しでショーは始まった。
(並んで待ってもトイレに充分行けたじゃん、である)
セットリストとともにご紹介するが、あくまで主観であり
まったくもって客観性を欠くのでヨロシクである。

オープニングは『A Hard Day’s Night』
最初の1音。
違う。
どうしてだ。あの複雑な和音じゃない。
その第一印象の「?」を払拭してくれたのは
二曲目の『Junior’s Farm』だ。
この曲は当時アルバムに入っていなかったので
シングル盤を買わざるを得なかったのだ。
よってこの曲と『Hi Hi Hi』はシングル盤で
持っていたのである。小学6年生である。
事前情報で『Hi Hi Hi』と『Junior’s Farm』は
ダブルキャストであり、つまりどちらかしかやらない、と
こんちゃんから聞いていたので、残念ながら
『Hi Hi Hi』を聴けないんだと思いながら
『Junior’s Farm』を全力で愉しんだ。
しかし完成度の高いコピーであり、ほぼ
レコード盤のままのアレンジだった。
シングル盤を買ってリピートにして、なんどもなんども
聴いたあの日がよみがえって涙が出た。
そして『Can’t Buy Me Love』
小学生の私にも出せなかった高音域を76歳のポールが
歌っているのだと思うと、そのすばらしさにまた涙。

『Letting Go』だ。どうしてだろう。
居るはずもないリンダの声が
あたまのなかでは同時に鳴っているのだ。
亡きリンダ。
ありがとう。
ここに居てくれてるんだね。涙。

『Who Cares』につづいて『Got to Get You into My Life』
ラッパ隊が良い音出してるのだが、どこにいるのか
どこから音が出てるのかさっぱりわからない。
大画面の中では存在は確認できるがわからない。

『Come On to Me』からの『Let Me Roll It』
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』のなかでも
ブルーズ寄りの1曲だ。ポールお得意の8分の6拍子。
ギターのリフも構成もウイングスどおり。
ここで思うのである。

ポールほどの創作力のある人が、こうして
40年以上も前の作品を忠実に演奏している。それって
結局、その形がいちばん良い、とかではなくって
オーディエンスの記憶に寄り添っているって事なんだよね。
クリエイティブな人間ってのは、おなじことを
何度もするというのは苦痛でしかなくて、でも
それを敢えてする「奉仕のこころ」、なんだよね。
そう思って、また涙。
 
『I’ve Got a Feeling』は中学1年の時に観た映画
『Let It Be』のシーンが浮かんだ。イントロっつーか
導入部分はほんのり変えてあったが完コピ。
ハンカチは、すでに「おしぼり」くらいの湿度である。

『Let ‘Em In』この曲はタイトルのEが大文字だから
意味が分かんない人が多いのだけれど、昔Yujiが教えてくれた。
Let them inの略なのだと。直訳で「彼らを中に入れましょう」だ。
ほうら、この曲の理解度がたかまったでしょ。
この曲も最初のドアチャイムの音で亡きリンダに
想いを馳せてしまって涙。ポールはMCの時、手のひらで
ウイングスのマークをつくって見せてくれたのだが
後ろの席の関西人カップルの男がエラそうに
「あれはな、ポールが元居たバンドのロゴマークやねん・・・」と
ちょびっと訂正したくなるような解説を始めたので
興醒めして涙が止まった。
ありがたいかぎりである。(辛口)

『My Valentine』『1985』ときて、ピアノにかわり
『Maybe I’m Amazed』だ。
声が出てない、まじか、もうアウトなの?76歳だから?
なのに最後まで歌いきったポールにまた涙。

ビートルズナンバーを挟んできた。
『I’ve Just Seen A Face』
オールオーバーアメリカのツアーがあたまをよぎる。
次の瞬間、まわりのオーディエンスはリズムの表で
手拍子を始めた。
いやいや、この曲で手拍子するのなら裏拍でしょ。
気持ち悪いまま、まわりの醸す重たいリズムで
1曲聴き終えてしまった。
手拍子は要らんぞ。
とっても、もったいない気分に涙も枯れた。
正直、不愉快な思いをした。でも
一般大衆にとっての音楽なんてそんなもんだ、と
自分に言い聞かせ「どうどうどう」である。(辛口)

『In Spite of All the Danger』はビートルズでの
初レコーディングした曲だったと紹介。
ジョージ・マーティンはすばらしい人だった
彼に拍手を!とMC。
もちろん涙。
コールアンドレスポンスの時間もあり大合唱。大満足。

そして『From Me to You』『Love Me Do』『Blackbird』と
ビートルズを連打し、ジョンを偲んで作った曲だよと
紹介しての『Here Today』
しかし、大ビジョンでのタイピングが遅いので
「When John has passed away」って言った時に大画面に
「次はジョンに捧げます」って出たから、変なところで
拍手喝采となって気持ち悪かったぞ。(辛口)
「ジョンが死んだ時」って話で拍手されたら
私ですら気分が悪いのである。
ポールも呆気にとられた事だろう。少しトークに間があった。
『Blackbird』のアコギはすばらしく良い音だった。

『Queenie Eye』『Lady Madonna』そして
『Eleanor Rigby』ここでまた手拍子問題である。
もちろん『エリナーリグビー』は有名な曲。
知ってる曲が出てきたら、興奮する気持ちはわかる。
でも、この曲で手拍子はないだろ。(辛口)
あまりに不愉快で、冷たい視線を浴びせてみた私である。

『Fuh You』を紹介する時には
「シンキョクダガヤ!」と名古屋弁で紹介してくれたポール。
なんてうれしいんだ。そのサービス精神に脱帽。

『Being for the Benefit of Mr. Kite!』聴きながら
この曲はやっぱジョンだよね。涙。
続いての『Something』はウクレレで。
もちろん安定の『Concert for George』バージョン。
ところがエンディングに若き日のジョージが
画面に映し出される。号泣。通り越しての、嗚咽。
ここにジョンやジョージがいない事が悲しい。

そんな私の湿っぽい感情を打ち消すかのように
みんなで歌おう!と『Ob-La-Di, Ob-La-Da』
私レベルに合わせての、セットリストの構成だ。
ここで「デラサイコー!」と、ふたたび
ポールから名古屋弁頂戴しました!感動!

『Band on the Run』『Back in the U.S.S.R.』
そして『Let It Be』とつづく。
オーディエンスはスマホをかざしてポールを盛り上げる。
とっても綺麗。

『Live and Let Die』では、ライブ後に聞いたのだが
正面4列目だった直ちゃんが
「火薬が顔に飛んできて熱かったでかんがや」と
最高の笑顔で苦情を述べていた。

このタイミングでピアノに座ったら決まりだな、と
思ったら、まさしく『Hey Jude』だった。
ええ!もう終わりなの?という思いと
あまりのすばらしさと、オーディエンスの
ずば抜けた協調性にまた涙。

そしてライブ終了。
と見せかけてアンコール。

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ここの場面では、入場時にイスにセットしてあった紙を
掲げろと言う指示だけが書かれていて
「ポールにサプライズのプレゼントです」との事。
二日後にわかったのはこういう事。
日の丸と「Japan Loves Paul」というメッセージだったようだ。
成功イメージを書いておいてくれたら、それなりの
心構えができたのに、ただ掲げろという指示だけじゃ
やらされ感満載なのである。ほんとうに気が利かない主催者である。
でもまぁ結果オーライ。
ポールも喜んでくれたようだ。
しかし、みんな両手がふさがってたから、ポールとドラマーが
日章旗とユニオンジャックを振って出てきても、会場は
「シーン」と静まり返っていて、なんかかわいそうだった。
ポールはみんなが大喜びで拍手喝采!を期待して出てきたから
一瞬ことばがでなかった、ような気がする。
決して感動したから口ごもったわけじゃないと思うぞ。
ほんとうに気が利かない主催者である。

20181108















そして予定通りのアンコールは『Birthday』を皮切りに
『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (Reprise)』そして
まさかの『Helter Skelter』
ホワイトアルバムのリミックス発売のせいか全37曲の中4曲も!

『Maybe I’m Amazed』で声が出きってはいなかったのに
この曲ではすさまじいヴォーカルを聴かせてくれた。
彼の歌は何色もの声色があるからいろんな部分を駆使して
歌っているのかな、と思ったりしながら号泣。
そして『Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End』

最幸のひとときをポールにもらったよ。
しあわせ。

ポールの愛はすごいよ。1対1×5万人だからね。
僕らはたったひとりに愛を伝えるのもたいへんだけど
5万人のオーディエンスがひとつの塊じゃなくって
1対1に掛ける事5万を2時間半で伝えきれるんだもん。
神の領域だね。

そして我が東区の古出来からドームに続くあの道が
2018年11月8日を境に、私にとって「癒し地」になった事を
ご報告しておきます。

*長文読破、ありがとうございました。

budoubatake at 01:53コメント(0)Beatles 

2018年11月10日

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みんなで会場に向かう。
さすがBearsである。
みんなから声を掛けられる。

ちょいと部外者の私はタバコを吸うために
人気のない場所に移動してこのビデオを確認した。



まじか!
写っとるがね!

わぁぉ!

ニヤニヤしていたら、「おうっ!」と声を掛けられた。
「はぁ?」と思ったが目を凝らすと直ちゃんである。
彼とはいっしょにバンドをしていてビートルズの曲も
数曲いっしょにやった古い仲間でありドラマーだ。
ジョンが凶弾に倒れた日にも夜通し『Stand by me』を
いっしょに歌った仲である。

世の中に偶然なんてものはないな。
人通りの、ほぼない場所を選んでタバコを吸っていたのに
そこを通りがかるなんざ宝くじに当たるような確率だ。

それが証拠に知りあいがとってもたくさんドームに居たのに
会えた人は、ほぼゼロなのである。

なつかしい話と近況報告をし合っていたら2時間半は
あっという間に過ぎて「お早くご入場くださーい!
開演に間に合わない可能性がございます!」
そうアナウンスにせかされてドームに入場したのである。

席に着いたら愕然とした。
思っていたよりも遠い。
ステージまでは70mほどもある。
しかもけっこう前の席だから、逆に全景が観られない。
つまり、とってもステージ左側だったのだ。

BGMがけっこうな音量でかかっているが、最悪に音が悪い。
心配である。
しかも寒い。ドライアイスをばんばん焚いているせいだ。

開演10分前。
カラダが冷えてトイレに行っておいたほうが良いのかも。
そう思いトイレに向かう。
トイレ以前に行列がある。
最後部に「これってトイレ待ちですか?」「そうです」
おいおい、である。
すでに外にはほぼ人がいなかったので
「外のトイレ良いですか?」と入場で聞くと
「再入場できないですけど良いですか?」と言う
「いいわけ無いでしょ!トイレ行くだけだよ」
「再入場はできません」その一点張りである。
ふざけるんじゃない、である。
「お早くご入場くださーい!
開演に間に合わない可能性がございます!」

そうアナウンスしていたのは1時間も前だぞ!

念のためのトイレだからよかったが、もしも
下痢だったりしたら運子垂れでのライブである。

ナゴヤドームのライブ時のキャパは49,692人。
通常の野球の時は客席数 36,700席である。
1万3千人を余分に入れておいて敷地内に在るのに
トイレを使わせないという理屈はどこから来るのか。
しかも野球の時よりも高価なチケットで入場している。
まったくもって不親切な興行主である。
私の膀胱よ、耐えてくれ。
そう願いトイレ待ちの列を横目にすごすごと
自分の席に戻った私である。

(つづく)

budoubatake at 23:14コメント(0)元気 

2018年11月09日

20181108Paul










ランチタイムの営業をつつがなく終えケッタで
ナゴヤドームへと向かう。
イオンにていきなりステーキを初体験。
大ヒットしているお店の魅力を探るのも仕事のうちである。

25分も待たされたのだが、たまたま私の次の人が
同世代で,、Freshen up Tourの缶バッジを
しげしげと見つめ、ニヤニヤしていたんで
「もう売店行かれたんですか?」と声を掛けた
「すごく並んでましてね。たいへんでした」
から始まり25分間はあっという間に過ぎた。
つもりだったが、店員さんに
「おふたりさまですか?」と聞かれ、彼は
「いえ、別々です」と即答した。
つまり、これ以上私といっしょに居るのは
キツかったのであろう。ほんのり傷付いたぞ。

ついでに言っておくと、このお店のステーキは
噛み応えのあるタイプなので、もしも
近くの席の人が「ぺちゃ食い」の人だったりしたら
せっかくの食事の時間が台無しになりそうである。
今回は問題なかったが、そんなアンラッキーな人も
なかには居るのだろうと推測される。蛇足ですまん。

食事を終えてイオンの外に出るとドームはざわついているが
まだ開演まで3時間もある。
そうだ、中島に電話しよう。
紹介しよう。
彼はビーヲタ(ビートルズおたく)のなかでも群を抜いて
クルクルパーなのである。「歩くビートルズ辞典」と
彼を称しても否定する人がいないくらいだ。
「In my life with the Beatles」と語るくらい
彼の人生はビートルズといっしょなのである。

「おおしまさん、いまどこですか?僕ピアゴの前に居ますよ」
「なんで?」
「ついさっき、ヒルトンを出たって連絡があったんです
もう来ますよ。もう来ちゃうから急いで来てください!」

出待ちも入り待ちもしたことの無い私である。
どちらかといえば「よーやるわ」という醒めた人
世の中の9割以上に入る常識的な人間である。
はずだった。
そのはずが、なぜか早足でドーム南側に向かっていた。
歩いているのに汗をかき始めたまさにその時である。

「おお、おおしま、肥えたなぁ」
中島といっしょのLive the BEARSというバンドの
ジョン役のこんちゃんの声である。
けっこうな近眼なのであり3人がSgt.の衣装を
着ていたにもかかわらず先に見つけられたのには
そうとうビックリした私である。

Bearsとの出会いから5分も待たず「来た!」の声。
手前の信号の所からウェーブ状に歓声が聞こえてくる。
ビデオを撮る準備が間に合ってるかどうかを
確認する間もなかったのでクルマの動きに合わせて
カメラを動かしてみた。目に焼き付ける所存である。
1秒にも満たない時間だったが
たしかにポールと目が合ったのである!
感激である。
わずか3mくらいの距離にあのポール・マッカートニーが居て
瞬間であろうが、それを感じられたのである。
興奮し切って頭のなかはカラっぽだったが、中島は
「ポール、サングラスしとった。ポール、サングラスしとった」と
なんども連呼していた。私にとってはサングラスなど
どっちでも良いはなしだが、彼にとっては
こんな至近距離で逢えた事よりも、ショックの方が
おおきかったようである。なんてかわいいやつなんだ、と
抱きしめたい気持ちになったが誤解を招く恐れがあるので
そこは堪えておいた私である。
        (つづく)



budoubatake at 23:15コメント(0)Beatles 

2018年11月08日

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ポールが名古屋に来た!ヤァ!ヤァ!ヤァ!である。
仕事を終えるやいなや、宿泊先のホテルに向かった。

「この光る窓のどこかにポールがいるんだな」

そう思うと、こみあげるものがあった。
寒空の下、ふと気付けば、っつーか
冷静に考えたらストーカーである。
不思議にファンのひとりも居なかった。
今どきのファンはおとなである。(私以外)

ひょっとして夜風を感じたくて
散歩してるポールに逢えちゃったりして。

それが、飛行機事故よりは確率は低いような気がして
っつーか、この名古屋に、お店からわずか2劼里箸海蹐
ポールがいるのを知っていて、そのまま帰れなかったのだ。

「おやすみなさい」

ひと声かけて、その場を離れた。
それだけでしあわせである。

budoubatake at 03:18コメント(0)Beatles 

2018年11月07日

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いよいよ明日はポールに逢える。
待ちに待った日だ。

しかし、だ。

名古屋のファンに、1980年はすまなかったね、と
まずは謝罪して欲しいものである。

でも・・・・

もしも、そのひと言があったら
号泣間違いなしだけどね。

目の当たりにするまでは、不安だ。

budoubatake at 23:40コメント(0)元気 

2018年11月06日

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2018年のジャイルズ・マーティンによるリミックス。
ひと足先にWhile My Guitar Gently Weeps が届いた。

リンゴとポールのリズム隊のうねるかんじが
よりリアルになったような気がする。
ふたりの音のからみ具合を聴くだけでも
3回聴きなおしたので
クラプトンのギターは聴いていない。(笑)

終盤の「Oh,oh・・・・」というジョージの声も
とっても近くでなまなましく聴こえるから
ゾクゾクしてしまう。
かっこいい曲だ。としみじみ。

ゴリゴリのリッケンバッカーらしさ溢れる
ポールのベースが、やたら聴き取り易くなり
そんな事してたのか、と気付かせてくれる。
おなじフレーズ(コード進行)の部分も
毎回違ったことをしていて、しかも
復弦で弾いたりもしてるんだね。知らなかった。

この曲は、とにかくポールとリンゴだ。
クラプトンはどっちでもいいよ。
ほんと「ホワイトアルバム」は
このふたりのグルーヴ感が半端ないんだ。
なかなかバンドでこのへヴィなサウンドは出せない。

そういえば中2の時、バンドですこしだけやったな。
あきらめるの早かったけど。(笑)



2018年11月05日

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ただ「書く」だけで、ストレスが減るのだそうだ。

雑念に囲まれて暮らすと負のスパイラルに
はまってしまうそうだ。しかしながら
「書く」ということだけで集中力やこころの安定が保たれ
その作業自身がセルフコーチングになるのだそうだ。
というような記事を読んでとっても納得したのである。

このブログを始めた2004年はなにかと不安定だった。
いやなこともたくさんあった。
でも、毎日そのなかにもたのしいこと、愉快な事
こころの栄養になりそうなポジティブな出来事はあって
24時間のなかの、たったひとつのすてきなネタを
じっくり考えて書き出すだけでセルフヒーリングになっていた。
もちろん、そんなことが目的だったわけじゃないけど
結果的にはそうなっていた。

この、つたないブログのファンのひと声で再開したが
そんな事を思い出した。


さて、この曲はタイランドのNanglen BAND
タイ語で歌ってるから詳しい意味はわからないけど
「毎日が良い日なわけじゃないけど、そのなかにも
なにか良い事ってかならずあるよね」と
英語の部分は歌っている。大好きな曲だ。



2018年11月04日

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久々のクルクルパーを発見したのでお知らせしたい。
世の中にユーチューバーって人がいるのは知ってたが
あまり興味がなかった。

ある日おすすめのなかに「味噌煮込みうどん」が出てきたので
動画を見てみることにした。何か参考になればお得である。

最初に何をしたかと言えば、麺を捏ねだしたのだ。
大笑いである。まさかそんなところから始まるとは
完全に意表をつかれたのであり、最後まで見てしまった。

1、キッチンが清潔である。
2、道具も手入れが行き届いている。
3、手つきを見ると、どうやらプロではない。
4、しかしながら料理に必要な知識はほぼ完璧である。
5、お料理が苦手な人にもチャレンジしやすいように
  タイマーを用意したり少人数用に調理している。

漫画クッキングパパの荒岩一味並みであり、しかも
ユーモアも兼ね備え、ビールが大好きなのだ。
「いつも以上にビールがすすみます」が笑える。

次に見たのが「串かつ田中のポテトサラダ」だ。
さらに笑った。
ポテトサラダをつくるのに、まず最初にしたことが
ベーコン造りである。大爆笑だ。
愛すべきクルクルパーである。
マヨネーズも自分で作ったりしているから
参考になる料理の豆知識も多いと思うぞ。

彼のYouTubeに問題点があるとするなら
お店で500円で食べられるものに5000円以上かけたり
三日がかりだったりする事だろう。

しかしながら、どう考えてもおいしくなさそうな
時短お料理の動画をみるよりも、はるかに健康的で
参考になると思うからおすすめだ。

名古屋名物イタスパもアップされているが
いちいち的を得ていてすばらしい。
多少ちがう事もあるのだが、麺はイタリア製だとダメだとか
茹であげでつくったらおいしくないとか、オリーブじゃなく
サラダオイルを使えとか、私もいろいろ試したが
彼のいうとおりなのである。恐るべしである。

どこのだれかは知らないが、応援したくなったのである。
ご興味あれば、ぜひ。笑うよ。



budoubatake at 20:24コメント(0)元気 

2018年11月03日

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YouTubeのおすすめに、なぜか
松田優作と藤谷美和子の「それから」が出てきて
見はじめたら最後まで一気に見てしまった。

この映画は当時話題作で(1985年)劇場に足を運んだのだが
まったくどのシーンも記憶になかった。
大正浪漫っつーか、明治の終わり頃の和装と
洋服の入り混じった雰囲気と洒落た洋館だけが
ああ見たな、と思わせてくれた程度。

きっと公開当時ですら台詞のテンポは遅く感じたろうと思う。
しかもやたらと余白の部分が多い。
台詞どうしの間も。である。
今現在のアップテンポな場面展開とは対照的でロングショットも
その静けさのなかに天才俳優二人の表現する葛藤が
巧みに描かれていて、おもわず見入ってしまったのだ。
ひとつひとつのシーンに、それぞれ余韻がある。

夏目漱石の原作は読んでいないが、さて、このふたりは
このあとどうなったのだろうか。



<おまけ:若き日の爆笑問題と海砂利水魚がすごい>



<おまけ2:若き日の藤谷美和子>



2018年11月02日

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あっぱれ!(天晴れ)のもともとの語源は「あはれ」なのだと
複数から聞くと、なにかの示唆かと勘繰りたくもなる。
ここ数日で聞いたのはひとりやふたりではない。
なんでだろう。

古語でよく「もののあはれ」とか出てきた。
「物の哀れ」と漢字で書くとその意味とは
遠く離れてしまう。

「興味深いな」とか「すげえな」とか「わびさび感じるわぁ」など
しみじみとした美意識を指すのである。
要するに価値観っつーか洞察力っつーか心象風景だ。

それが現代では「哀れ」と「あっぱれ」では
まるで用途が違うところがしみじみすてきだなぁなどと
深くうなずいている自分が居るのである。
もののあはれ、いとをかしである。

budoubatake at 02:22コメント(0)元気 

2018年11月01日

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ブログをはじめて14年以上経つんだよね。
決して知り合うことのない人たちと知りあい
少なからず時間を共有し、影響を受けた。

ポールが名古屋に来る。

どっかにモスコちゃんとかlenmacさんや
moondreamsさん、shindouさんyassさん等々が
来てるかも、と思ったりします。

budoubatake at 02:31コメント(0)元気 

2018年10月31日

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「限りないもの、それは欲望」
そう井上陽水は歌った。
1972年である。

今したい事。
たくさんある。
リストアップしてみようかとも思ったが
多過ぎるし、叶わないと考えられる事も多いので
寂しくなるのもつらい。
できることだけ、少しづつ
少しづつやってくのだ。


1972年の頃には、欲望の意味もわからなかったし
この歳になってまだまだ欲望が湧くだなんて
考えもしなかったな。

本日で18期が終了。
俗に生き残る法人は、1年後:40%
5年後:15%、10年後:6%と言われている。
19期を迎える会社は何%なのだろう。
明日からまた頑張る。

budoubatake at 23:47コメント(0)元気 

2018年10月30日

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人の記憶なんてものは「いい加減」である。
「ええかげん」でもあり
「良い塩梅」であったりもする。

今夜、ピザパイに関してカウンター越しに
お客様と語ったのであるが、小学生の時に
ピザパイを主題にしたおはなしが
教科書に載っていたという。
国語だったのか道徳だったのかさえわからないのだが
こんなはなしだ。

『おじいさんのピザパイ』
ある日、そのおじいさんは街のレストランでの仕事を見つけました。
でもそれはウェイターやコックさんではありません。
なにしろ歳もいったおじいさん。
お店のおそうじのお仕事です。
もちろん、営業中に彼の仕事はないので
終業時に、おじいさんは働きます。

お店で「いい匂いだなぁ」と思っていたにおいが
ある日、ピザだということがわかりました。
もらった給料ではじめて自分の仕事場で
お客さんとしてピザを食べてみました。
なんてすばらしいのでしょう!

おじいさんはピザの味のとりこになりました。
どうにかして自分でもつくれるようになりたい。
その衝動を止める事ができませんでした。

夜な夜な閉店後のお店で、清掃が終わると
誰もいないキッチンにはいってピザをつくってみるのです。
業務上横領です。刑法253条により10年以下の懲役となりますが
おじいさんにはそんな事はあたまに浮かびません。
おいしいピザの事に夢中で寝ても覚めてもピザの事を考えているのです。

自分で作れるようになると、もっともっと
おいしく作れないかと試行錯誤に入ります。
鼻唄まじりでたのしくまいにちピザを焼きます。

しかし、そんなしあわせな時は長くは続きません。

お店のスタッフが不審に思います。
「材料が減っている気がする」「道具がいつもの場所にない」
そんなある日、おじいさんは決定的なミスをします。
食べきれなかったピザを残したまま帰ってしまったのです。

翌日のお店は大騒ぎです。
「なんて美味しいピザなんだ!」
「同じ材料なのにどうしてこんなにおいしくできるんだ!」
そうです。勝手にお店の材料を使ったことよりも
すばらしいピザを作ったことにスタッフみんなが驚いたのです。
「誰が焼いたんだ?」だれもが首を横に振ります。
スタッフのなかに居ないという事は、と
結局掃除担当のおじいさんのしわざという事が
あかるみに出てしまいました。

そうして彼は最高のピザパイを焼いたにもかかわらず
刑法253条により10年以下の懲役となったかといえば
さにあらず。なんと清掃係から料理長に昇格しました。

ピザのおいしさの秘密はなんだったのでしょう。
それはおじいさんの鼻唄でした。
たのしくお料理する。
その気持ちがピザにも伝わったのですね。

いつも鼻唄まじりでお料理を作るレストランは大繁盛しましたとさ。
めでたしめでたし。

と、そんな具合。



「おいおい、それって『水はなんでも知っている』系の
胡散臭い話じゃん!」
「教科書でなにを伝えたかったのかは曖昧なんだよね」

と、そんなやりとりがあったのだけれど
よくよく調べたら、『おじいさんのピザパイ』なんてタイトルではなく
『ピザ・パイの歌』であった。
しかも、ストーリーは全っぜん違うのである。
本来の『ピザ・パイの歌』よりもお客様の語る
『おじいさんのピザパイ』のほうが
私には、なんかこころに残るすてきな寓話なのである。
スピリチュアル系だけど、教科書よりも良い話だなと思ったのだ。

budoubatake at 02:00コメント(0)元気 

2018年10月29日

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「ピザパイください」とお客様に言われた。
ふつうにピザのオーダーを頂戴したが
そのことばの響きがかっこよくって
ひょっとして、私はピザの事を指して言っていると思ったが
パイ生地にトマトやチーズが入っている、なにやら
とってもすてきな食べ物を指しているのではないかという
疑惑が浮かんだ。つまり「ピザとピザパイ別物疑惑」である。

ネットで調べてみたら、それは同じだという意見とは別に
私の予測通り、コストコではニュージーランド産の
パイ生地をサクッとするとトマトとチーズが溢れ出ると云う
素敵な食べ物が画像検索で出てきた。

「ああ・・・これ、食べたいがね」

ジャンクフードは三度の飯よりも好きである。
コストコに行ったら、ぜひハノハノにひとつお願いします。である。

budoubatake at 22:00コメント(0)元気 

2018年10月28日

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『Live!! Act Tulip Vol.2』を聴いている。
10月最後の週の始まりの本日は
チューリップのコピーバンドを観に行ってきたのだ。

タイムスケジュールを聞いたら2時間ほど演奏すると言う。
そんなに長い時間は耐えられないぞ、と思ったのだが
いざ現場に行くと2時間はあっという間だった。

あらためてチューリップを聴くと、良質なポップであり
かなりプロフェッショナルなコーラスグループだった事に
あらためて気付かされるのであり、いい感じにロックだ。

『約束』『千鳥橋渋滞』『ここはどこ』この3曲が聴けて大満足。
でも聴き足りなくていまこうしてCDを取り出してきた。
このままたぶん、全CDに耳を傾けると思うぞ。

本日、惜しむらくはMCで吉田彰の話題が出たのに
『君の鼻毛は長い』を演奏してくれなかった事である。




2018年10月13日

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今週の私には「僥倖」(ぎょうこう)があるのだと
星占いがいう。

たのしみだ。


budoubatake at 00:48コメント(0)元気 

2018年10月10日

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オレンジの長袖パラカシャツとうちゃこ。
Made in JAPANは生地も染色も縫製も、です。

プルオーバーなのでかじかむ夜もボタンを外す
手間が省けられます!

元ハノハノスタッフの千恵ちゃんが、満を持して
縫製に没頭しております。そのクオリティは
いままでで、いちばん良いかも。
品質は、私が保証します。


ハワイ語でオレンジ色を意味する”ALANI”。そう!
このオレンジ色は山内アラニ雄喜さんの監修のもと
作成された特注品なのです。

長袖をお持ちでない方、アラニカラーをお持ちでない方!
アラニパラカのワンピースが欲しい貴女!
来年の春夏のための半袖が欲しい方も!

ご注文は今すぐ!

只今より30分間、スタッフを増員して
お電話お待ちしております!

ご注文、ご相談はコチラまで! Hawaiian Village
生地があるうちにぜひ。

2018年10月09日

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写真は私のホワイトアルバム。
今回ジャイルズのリマスターもちゃんと
シリアルナンバーがつくのだそうだ。

Disc3はジョージの家でのアコースティック・セッション。
これもちゃんと音を磨いての登場だから期待したい。
(音源自身は、いろいろ出回ってるからね)

Disc4からDisc6がアウトテイク。つまりボツ作品。
しかし、どうやって磨いたかに期待したい。

しかし・・・・Amazonによれば
CD6枚とBluー rayで18,875円
アナログ盤は二枚組で、6,943円

うーーーーーーーむ。である。

ホワイトアルバムを買ったのは中1だった。
100円足りなくて妹に借りて母親から
めちゃめちゃ叱られたのも懐かしい思い出だ。

買った当時はジョンの作品よりもポールの
キャッチーな作風に耳が行きがちだったが
1980年をさかいに、ジョンの曲のすばらしさが
ずんずんこころに響いてきた。
そして40代も半ばを過ぎた頃、ジョージの
すべてが愛おしくなった。
価値観なんてものは日々変わるのであり
なんでも永く付き合ってみるものである。

さて、あたらしい『ホワイトアルバム』は
11月9日、ポールの名古屋初上陸の翌日の発売。
収穫の秋である。
どんなサプライズを与えてくれるのかたのしみだ。

そして今日は・・・・78歳の誕生日だね。
Happy B-day,John!


smhappiness

budoubatake at 10:09コメント(0)Beatles 

2018年10月08日

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YouTubeのおすすめに松田優作主演の
TVドラマが出てきた。どうしてだろ。
1983年。

見てみたら、これがおもしろい。
昭和の風景と脚本、松本清張らしさ。

結局最後まで見てしまったのだけれど・・・・
思ったのはさ・・・・


今のTVじゃこういうセクシーな場面ってないわけでしょ。
何回も色っぽいシーンがあるんですよね。
1983年でしょ。
つまり、少子化のはじまりですよ。うん。

晩ごはんで軽く飲んで、テレビドラマ観て
さぁ寝ましょって時にこういうシーンが
在るとないでは雲泥の差なのではないかな。

もっと言うなら、だけどさ
11PMとかトゥナイトとかを復活させるだけで
状況は変わると思うぞ。

少子化とTVの相関関係。
在ると思うな。
今の子供たちのTV離れにも歯止めが効くぞ。(笑)

日本の未来を危惧するのなら
まずはコンプライアンスを見直さないとね。




2018年09月27日

キアヌ

















キアヌリーブスのアドバイス
 (*すべて引用です)

私の後ろのこの人たちが見えますか?
みんな仕事に行こうと急いでいて、周りには
何も注意を払っていません。

私たちは毎日の生活に捉われすぎるあまり
人生の中の美しさに目をやることを忘れてしまっています。

ゾンビのように生きているのです。
上を見上げてヘッドホンを取り外してください。
目が会った人に挨拶をしたり、辛そうに見える人に
ハグをしてあげてみるのもいいかもしれません。
誰かを助けるのです。

毎日を人生で最期の日であるかのように生きてください。
数年前、私はうつになっていましたが、決して
他の誰にも言わなかったのでこのことは誰も知らず
うつから自分で脱出する方法を見つけなければなりませんでした。

私が幸せになるのを妨げていたのは、私自身でした。

一日、一日が貴重ですから、毎日を貴重な日として生きましょう。
明日がある保証などないのですから、今日を生きましょう!

今回のホリデーシーズンに愛を広げるためにも
この投稿をシェアしてくださると嬉しいです。



ほとんどの人は私のことを知っていますが
私の人生については知りません。

私が3歳の時、私の父親が家を出て行くのを見ました。

高校は4つの違う学校に通いましたが
失読症のためにほとんどの他の人たちよりも
もっと教育を受けるのが難しくて苦労しました。

23歳の時、一番仲のよかった親友の
リバー・フェニックスが麻薬の
オーバードースで死んでしまいました。

1998年にはジェニファー・サイムと出会い
お互いに一目で恋に落ちました。
1999年にジェニファーが女の子を妊娠しました。
しかし悲しいことに、8ヵ月後には私たちの子供は
死産となりました。彼女の死で私たちは
あまりにもひどく落胆し、これが原因で
最終的には私たちの関係は終わってしまいました。
それから18ヵ月後、ジェニファーは交通事故で亡くなりました。

その後は真剣な交際や子供を持つことを避けるようになりました。

私の妹は白血病でしたが、今は治っています。
マトリックスの映画から得た収入の70%を
白血病患者を扱う病院に募金しました。

ハリウッドのスターの中でも豪邸に住んでいないのは
私くらいなものでしょう。ボディガードもいませんし
高級な服も着ていません。

私は1億ドル相当のスターだそうですが
今でも地下鉄に乗っていますし、大好きなんですよ!

結局は、どんな悲惨な状況の中でも素晴らしい人は
力強く生きることができる、ということには
誰もが同感できることかと思います。

あなたの人生で何が起きていようとも
あなたはそれを乗り越えることができます!

人生は生きる価値のあるものです。





私の友人の母親は、一生を通して
健康的なものを食べてきました。
アルコールや「体に悪い」食べ物は
決して口にせず、毎日運動をし
体は非常に柔軟で、とても活動的で
医師が薦めるサプリメントは全部摂り
太陽に当たる時は必ず日焼け止めを塗り
また日光に当たる場合も可能な限り短時間で済ませていました。

つまり誰もが考えうる限り最大限で
健康に留意していたのです。
彼女は今76歳で皮膚ガンと骨髄のガンになり
非常に深刻な骨粗しょう症になっています。

その一方、私の友人の父親は大量の
ベーコン、バター、脂肪を食べ、運動など
本当に一切したことなく、夏になるたびに
真っ赤になるまで日焼けするなど
他人の指図には耳を貸さずに人生を
最大限に生きるような生き方をしたわけです。

彼は81歳で、医師曰く、彼の健康状態は若者レベルだと言います。

毒からは完全に逃れることは出来ません。
毒はあちこちにあり、あなたを見逃さないでしょう。
まだ生きている私の友人の母親は
「私の人生がこんな風に終わるのなら
したらいけないと言われていたこと全部をやって
人生をもっと楽しむ生き方を選んでいたのに!」と
言っていました。

この世を出る時に生きたままの人はいませんから
どうかあなた自身を真剣に考えすぎた上で
扱うのは止めてください。
おいしい物を食べましょう。
太陽の下を歩きましょう。
海に飛び込みましょう。

あなたは自分の心を隠された宝物のように
運んでいる、というのが真実です。

馬鹿げたことをやりましょう。
優しく生きましょう。
人生にはその他のために使う時間なんてないのですから。



私は尊敬の念を見せるように育てられました。
ドアを開ける前にはノックをするように教えられました。
部屋に入る時は挨拶をするように。そして
お願いします(please)、とありがとう
(thank you)を言うように。
自分よりも年上の人には
尊敬の念を払うように教えられました。

私が席に座っていて、他の誰かが
席を必要としているなら席を譲ります。
返事は「イエス、サー」か「ノー、サー」と答え
誰かが助けを必要としている時は
横に立って眺めているだけじゃなくて
手を差し伸べます。

自分の後ろに入ってくる人のためにドアを押さえ
必要な時は「すいません」と言います。
人を愛するのは、その人から自分が
何かを得ることが出来るから愛するのではなく
その人の人となりを愛します。
そして何よりも大事なのは、自分が
他人からされたい扱いを、自分も
他人に行うよう育てられたということです。

それが尊敬というものです。
あなたも同じように育てられたのでしたら
これをシェアして下さい!





あなたの自宅がどれだけ大きくても
乗っている車がどれだけ見栄えがよくても
銀行口座の残高がどれだけ大きくても関係ありません。

私たちの墓の大きさは同じです。謙虚に生き続けましょう。




【原文】

You see these people behind me? They are rushing to work and not paying attention to anything. Sometimes we get so caught up in our daily lives that we forget to take the time out to enjoy the beauty in life. It's like we're zombies. Look up and take your head phones out. Say Hi to someone you see and maybe give a hug to someone who looks like they're hurting. Help out someone. You have to live every day like it's your last. What people don't know about me is that I had depression a couple of years back. I never told anyone about it. I had to fight my way out of depression. The person who was holding me back from my happiness was ME. Every day is precious so let's treat it like that. Tomorrow isn't guaranteed, so live today! I hope you share this post to spread love this holiday."



With a brilliant career in Hollywood and three decades of awesomeness, Keanu Reeves life has time and again found a space in daily publications. However, he is one superstar who never blew his own trumpet. From his charitable nature to his personal life which has always seen a lot of downs than ups, Keanu Reeves has never opened up much about his personal life. Recently, a Facebook page posted an open letter which Keanu Reeves wrote and it is hauntingly beautiful! <3

From opening up about losing his baby to losing love of his life in a brutal car accident, read what Keanu Reeves has to say about his trials and tribulations and how he overcame it! Worth a read for sure. :)

"Most people know me, but don't know my story. At the age of 3, I watched my father leave. I attended four different high schools and struggled with dyslexia, making my education more challenging than it is for most. At the age of 23, my closest friend River Phoenix died of a drug overdose. In 1998, I met Jennifer Syme. We fell instantly in love and by 1999, Jennifer was pregnant with our daughter. Sadly, after eight months, our child was born stillborn. We were devastated by her death and it eventually ended our relationship. 18 months later, Jennifer died in a car accident. Since then I avoid serious relationships and having kids. My younger sister had lukemia. Today she is cured, and I donated 70% of my gains from the movie Matrix to Hospitals that treat leukemia. I am one of the only Hollywood stars without a Mansion. I don't have any bodyguards and do not wear fancy clothes. And even though I'm worth $100 million, I still ride the subway and I love it!



"My friend's mom has eaten healthy all her life. Never ever consumed alcohol or any "bad" food, exercised every day, very limber, very active, took all supplements suggested by her doctor, never went in the sun without sunscreen and when she did it was for as short a period as possible- so pretty much she protected her health with the utmost that anyone could. She is now 76 and has skin cancer, bone marrow cancer and extreme osteoporosis.
My friend's father eats bacon on top of bacon, butter on top of butter, fat on top of fat, never and I mean never exercised, was out in the sun burnt to a crisp every summer, he basically took the approach to live life to his fullest and not as others suggest. He is 81 and the doctors says his health is that of a young person.
People you cannot hide from your poison. It's out there and it will find you so in the words of my friend's still living mother: " if I would have known my life would end this way I would have lived it more to the fullest enjoying everything I was told not to!"
None of us are getting out of here alive, so please stop treating yourself like an after thought. Eat the delicious food. Walk in the sunshine. Jump in the ocean. Say the truth that you’re carrying in your heart like hidden treasure. Be silly. Be kind. Be weird. There’s no time for anything else."

budoubatake at 21:04コメント(0)元気 

2018年09月24日

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ダニエル・ホーが名古屋に来てくれた。
やっぱりとんでもなく素晴らしい演奏だった。

ソフトなタッチなのに、力強く芯のある音色。
美しいメロディ。
弾く時のあの姿勢。

すべてが異次元なのである。
ダニエル・ホー。
極上の演奏家であり作曲家。
まずは、手に取った楽器を
最高の音色で鳴らすという技術。
楽器や音楽に対する愛情かな。
それが伝わってくる。

何回観ても何回観ても、もういちどすぐに観たくなる。
ニューアルバムもすばらしい。
ベスト盤は2枚組で4枚分!
全37曲入り!
しかも二ヶ月かけてリミックスしたそうだ。Enjoy!

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2018年09月23日

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秋の長雨も晴れ男の前には無力である。
朝まで降っていた雨は、海に着く頃には快晴。
まさしく、私の日々の行いによるものであり
ちいさい頃は神さまがいて不思議に願いを叶えてくれたが
今なお健在である。

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燃えるような夕陽は神さまからのプレゼント。
刻々と遷ろう景色はどんな名画も遠く及ばない
深い深い芸術である。

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おおきなお月様が水面に映り、くっきりと見える水平線。
波打ち際では波先が光って絶え間ないショーを繰り広げる。

秋の虫の声と漣の音色が交差する。

須磨に追いやられた光源氏も松尾芭蕉も
こんな風景を感じながら歌を詠んだのだな、と。

どれだけ時が流れても、日本のうつくしさは変わっていないし
これからも継続するのだな、と、そう思った次第である。

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海の幸のおいしさ。
永く続いて欲しいものである。

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budoubatake at 19:58コメント(0)元気 

2018年09月07日

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小学生だった私のアイドル、ポール・マッカートニー。
ようやくその人に逢える。
ここまでの道のりは長かった。

思い起こせば1980年。
ウイングスとして彼は来日した。
もちろんチケットを購入していた。
高校2年生だ。
愛知県体育館。4500円は高価な買い物だった。
しかしながら夢が打ち砕かれたのは、ほかならぬ
ポール・マッカートニーによってだった。

その日から彼の事が嫌いになった。
「いい歳したおとながやっていい事といけない事の区別もつかないのか」
厳密には軽蔑した。
その同年。ジョンが凶弾に倒れた。
ジョンに対する喪失感はとんでもなく深く
なおさらポールから遠ざかっていったのである。

それから38年の月日を経て、ようやく私の傷も癒え
彼を受け容れることとした。
名古屋に来るとの吉報を耳にして即刻申し込みをした。
今回のツアーは東京2回、名古屋1回の計3回のみだ。
希望は薄いと覚悟をしていたのだが難なく当選。

神さまは1980年のウイングスの件をちゃんと覚えてた。
そしてポールは私を選んだのである。
私にはそう思えた。もちろん選んだのはコンピュータであり
チケットぴあなのだが、私はポールに選ばれたのだ。

11月8日は最幸の日となる。
そう願うばかりだ。
いちど裏切られたトラウマ。
今はちょいと不安なのだ。
その日の彼と私の健康を祈るばかりである。


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budoubatake at 21:25コメント(0)Beatles 

2018年09月04日

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整理整頓していたら、MDが数枚出てきた。
「Q」と書いてあるのが二枚。
なんじゃらほい、である。

聴いてみたら、おおしまくん的ベストの二枚組だった。
さすが、良い選曲だ。
あたりまえか。あはは。
MDの時代も今も好みはそう変わるものではないな。

MDを聞ける環境があった事に感謝。

budoubatake at 21:43コメント(0)元気 

2018年08月29日

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Trojan Recordsが50周年を記念して
1973年のロンドンでのライブをアーカイブ公開。

まだオーディエンスが、あたらしいリズムに
戸惑いながら聴いている。ざわざわしてないんだ。

でも、かれらの全身の血が沸いてくるわくわく感が
音から充分伝わってくるから不思議。

ピーター・トッシュもバニー・ウェイラーもいた頃。
熱いというよりは、どこか落ち着いた演奏。
もちろん超カッコいいぞ。(1時間)
https://www.bbc.co.uk/radio/play/m000077k

budoubatake at 21:49コメント(0)Love Jamaica 

2018年08月28日

suika





















「冷え症に30分で効く食べ物とは?」
TVを見ていたら、そんな検証をしていた。
3人の女性がサーモグラフィで食前食後を比較し
たしかに改善されていた。
さてその食べ物とは?とクイズタイムになったのだが
私は即座に「生姜だわさ」と思ったのだが、正解は
なんと「スイカの皮」だった。

白いスイカの皮の部分には血行を良くする働きのある
「シトルリン」という冷えを予防する成分が
スイカの皮に豊富に含まれているらしい。

しかし、そこからが問題である。
どうやってそのスイカの皮を食したかと言えば
生姜とニンニクで炒めてたべたのである。
おいおい、である。
両方とも血行を良くし体を温めるではないか。
スイカの皮単品で検証しなさいよってはなしである。
しかも炒めものだからあたたかくなるのは当然だ。
もうちょっと説得力のある検証が欲しいぞ。





(作詞:高田三九三)
ともだちができた すいかの名産地
なかよしこよし すいかの名産地
すいかの名産地 すてきなところよ
きれいなあの娘の晴れ姿 すいかの名産地

五月のある日 すいかの名産地
結婚式をあげよう すいかの名産地
すいかの名産地 すてきなところよ
きれいなあの娘の晴れ姿 すいかの名産地

とんもろこしの花婿 すいかの名産地
小麦の花嫁 すいかの名産地
すいかの名産地 すてきなところよ
きれいなあの娘の晴れ姿 すいかの名産地

2018年08月26日

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ベトコンを食べに行ったのは師勝。
青春の師勝であり、西春駅を訪れてみた。
30年ぶりである。

跡形もなかった。

友人の家もなくなっていた。
先輩の店もなかった。
たこ焼き屋もなかった。
いつもザワザワしていた駅前は
伽藍としていた。

むかしのメインストリートは車が二台
徐行してすれ違う道になっていた。
空地はすべて住宅やマンションになっていた。
人口は増えているのだろうが、どうして
駅が閑散としているのかが気になる。
30年。
変われば変わるものだ。

諸行無常である。

budoubatake at 18:40コメント(0)元気 

2018年08月25日

betokon


















あこがれのベトコンラーメンを食べた。
ベトナム戦争とは何の関係もなく
ベストコンディションラーメンの略だそうだ。
ニンニクが強烈なのであり、なかなか
タイミングがつかめずにいたのだが
こんな表を見かけた。

20160124214126











ニンニクの匂いと時間のグラフだ。
この情報がほんとうなのであれば、だ。
ベトコンを食べても、即リンゴジュースを飲めば
1時間後には匂わない。しかも、牛乳を併用すれば
ほぼ無臭である。
自分自身が実験台になってみた。

結果は、たぶん問題ない。
ほぼ問題ない程度の匂いだと思われる。

ひとつ問題があるとするなら、満腹の食後に
牛乳とリンゴジュースはヘビー過ぎる。
それに尽きるのである。

budoubatake at 18:30コメント(0)元気 

2018年08月19日

waka_hawai








後輩が家族で食事に来てくれた。
「おおしまさん、焼けてますねぇ」
「内海でイベントがあってさ」
「なんのですか?」
「ライブだよ」
「まだ若大将みたいな事やってるんスか?」

加山雄三と同列なら光栄である。

budoubatake at 23:29コメント(0)元気 
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