2008年05月06日

守・破・離

68eedfb9.jpg90年代の音楽は混沌としていた。
あらゆる音楽ジャンルが
クロスオーバーすることでしか
新しい音楽を生み出せなかった。
そしてそれは、今も続いている。
ゆえに、どんな音楽も
○○風であり、誰かの影響を
強く感じ、オリジナリティを
感じられないのである。不幸な時代だ。

50年代だって、それまでの音楽を
クロスオーバーさせていただけであり
それがエルビスという類稀なスターが誕生した時代に
たまたま、そう、たまたまレコーディング技術やら
ラジオ・テレビというメディアが生まれたのが同時期だったがゆえに
時代の後押しがあって世界的なスタンダードになってしまった。
もちろんそうなるための音楽的な才能も見た目の美しさも
エンターティメントな面も彼が兼ね備えていたのであるが
やはり時代の寵児である。

それに影響を受けたイギリスの青年たちが
全世界を風靡した。それがビートルズである。
彼らの台頭から触発され、その後、様々な音楽がジャンルを確立しては
クロスオーバーする、その連続で音楽業界は
ずっと成り立ってきているのである。
録音技術や、伝達メディアの頭打ちのせいだ。

70年代の音楽は、いろんな実験があった。
アーティストがアーティスト(芸術家)でありえた最期の瞬間である。
そして80年代の音楽は、その各ジャンルの完成度を高めた為に
われわれは、常に新しい音と触れ合うことができたのである。
現実、ラジオをチェックしていないと時代に乗り遅れたのだ。

今、あたらしい音楽に出会えないことが、ほんのり残念である。
それは、音楽業界が真のアーティスト(芸術家)を求めていない
必要としていない事の象徴であり、音楽ってのは
カラオケと共存しなくてはならないし、素人でも
パソコンで簡単に作れてしまう時代になってしまったのである。
アーティストの才能や喜怒哀楽や人生経験の深さとは比例しない時代なのだ。
タレントと云う言葉も、もともとは「才能」という意味であり
今は、もっと軽い。

前置きがめっちゃ長くなってしまったが、いま聴いているのは
Bob Marley の息子ジギィの「ジョイ&ブルース」だ。
このアルバムまで、ジギィは父親のコピーだった。
「守・破・離」の「守」の部分がサウンド面にも現れている。
かのエリック・クラプトンが、ボブのカヴァーをした事でも
理解できるように、ボブのやってたレゲエってのは、ロックだった。
実際、ボブはビートルズからも影響を受けていて
「And I Love Her」なんかもカバーしているのである。
(ま、この曲はロックしてないけどね)

このアルバム「Joy and Blues」は、ロックなレゲエアルバムなのであり
ボブのレインボーシアターでの「Live!」あたりの継承であり
クロスオーバーして新しいものを生み出そうとする以前のジギィなのだ。
闘うレゲエであり、黒人音楽ブルースがロックになったと同じ変遷で
レゲエがロックになったアルバムなのだ。

ゆったりしたジャマイカンリズムではない、ヒップホップでもない
紛れも無い、闘うルーツ・ロック・レゲエである。
スネアドラムやティンパレスのタイミングが心地良いのだ。
ゆえに、大好きなアルバム。

血が騒いだ夜には、突如、聴きたくなるのである。

この頃('93)父親ボブ・マーレーの遺産に関して
いろんな揉め事があったのだがジギィは父親の
遺産の継承をすべて拒否している。
しかし、音楽性は継承する。
とても潔いし、素敵ではないか。



ジギィとローリン・ヒルとのデュエット。
父、ボブの最高傑作と称される「Redemption song」だ。
ふたりのボブをリスペクトする姿勢に感動してしまうのだ。
リスペクトとは「尊敬」と訳されるが、もっと深い。
現状使われている「リスペクト」とは
「一目置く」くらいの意味で使われているが、ぜんぜん違う。
最高に愛する対象なのであり、自分の憧れの最上級である。

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