2011年07月18日

ボールが笑う

7cbb8900.jpg息子の中学最後のサッカー部の試合を観戦。
ひどく懐かしい風景にうっとりした。
人が固まるとボールを見失うほどに
巻き上がる砂埃と刺すような太陽の光。
パスを欲しがる声やコーチングの声。
審判のホイッスル、暑い中ラインズマンを
やらされるすこし背の低い1年生。
かつては私も中学生だったのであり
あの風景の一部だったのだ。
息子の学校は部活は週に2回。
レクリエーションの範囲である。
もちろん相手の学校は毎朝毎夕だろう。
9-0と1本のシュートをも打たせてもらえずに
彼らの中学生活最後のゲームは終わった。

それでいいのかな。

推測するに塾の時間だのなんだので
親がやかましくてクラブ活動が少ないのだ。
担任の先生もサッカーのなんたるかや
部活動でなにを得るのかなんて事に
あまり興味がないのだろうな。

だって、息子のチームの蹴るボールは笑ってるのだ。
つまり芯を捉えられずまっすぐに飛んでいない。
炎天下、体力を消耗して走れない、声も出せない。
苦しい時こそ声を出すのは運動部の基本なのに、だ。

なにも教わっていないかれらが
9-0というスコアにもかかわらず
最後の瞬間まで果敢にボールを追う姿は
うつくしいものがあった。
3年間の集大成というにはあまりにみじめな負け方だが
竹やりでB29に立ち向かうようなものなのでしかたがない。
同じ土俵に上げる事もどうかと思う。

大会という事でいろんな学校が来ていたが
どこの学校も帰り際に整列をしてグランドに一礼をして
「ありがとうございました!」と気持のいい挨拶をしていて
好感が持てた、我々の時代にはなかった習慣だ。

そうそう、とあるチームはスタメンの発表の時に
チームの全員が選ばれたひとりひとりに対して
拍手をしていて、なんとなく意図はわかるが気持悪かったな。

長文になってしまったが技術や本質をチーム全体が把握し
ベクトルをひとつにしないと得るものはレクリエーション並みのものしかなく
それは個々の力量に拠るものではなくリーダーの力量であり
役割の結果なのである。竹やりを持せて戦わせるのは罪だな。
これは先生に対する批判ではなく一般社会での話である。
違和感をなにかに置き換えて考えるのはクセなのだ。



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コメント一覧

1. Posted by Yuji   2011年07月18日 22:20
■この歌、ひところ良く聴きました。
 いい歌ですよね。

 読んでて、いくつか考えさせられることがあって
 とっちらかって今まとまりませんが
 つまり
 そこからでも、何かを得るのかもしれないかもなって
 ちょっと思ったりもしたんですが
 よくわかりません。

 でもま、この時期の数年間を過ぎていく息子ってのは
 お互いそうだと思いますが
 時間の進み方がこっちとあまりにも違ってて
 見てるとすごいですよね。
 自分の親も、自分の事をこうして黙って見てたのかな、と
 そう思うと、たまにしみじみします。

2. Posted by ホヌ・マハ郎   2011年07月18日 22:59
■あはは、ありがとう。
 私も結局なにをどうしたいとかどうだからどう、などと
 思っていないっつーか、自分の身に置き換えたら
 いろいろ、こちらが学ぶ事があってさ、こどもは
 こどもなりにいっちょ前でそれなりに無駄な時間じゃない。
 でも、たった1試合で昨日はたっぷりお昼寝して
 今日も昼まで寝ている我が子を見てると
 こんなひ弱でだいじょうぶなのかと心配です。(笑)
 親目線だよね。

 僕らの頃は、こういう9-0で勝っちゃうような
 練習よりも楽な試合の後には学校に帰って
 たっぷりと走らされましたからね。
 でも遊びに出かけてた。

 高校生になったらおもいきり部活に打ち込んで欲しいな。
 親目線を通り越して親バカだな。
 だってかわいいんだもん。あはは。
3. Posted by マーチン   2011年07月19日 19:58
そうなんだよなー
いくつになっても
かわいんだよ
どっちが?

どっちも(笑い)
4. Posted by ホヌ・マハ郎   2011年07月20日 01:24
■あはは、マーチンさんはカッコいいけどカワイイです。

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