2012年11月01日

彼女の腕時計

9551aa85.jpg彼女の華奢な白く細い手首に巻かれた
腕時計はそれにそぐわないスイス製の
飛行士のためのクロノグラフだ。
「どうしてメンズウォッチなのですか」
「どうしてだろ。好きだから」
多くを語らない、もしくは多くを
語りたがらない時にはそこに
深い事情があるものだとソムリエは
経験上承知している。
「よくお似合いですよ」
彼女はそっと微笑みをかえす。
承知しました、その話はそこでおしまい。
そういう示唆を含んでいる事を
彼女も心得ているからだ。

しかし好奇心旺盛なソムリエはそこで
ふたつのストーリーを思い描くのだ。

10年前のことだった。
彼女には将来を共に歩む事を決めた男性が居た。
かつてはパイロットになりたくて勉強にも
そしてスポーツにも余念のない男で
背は高く体格はがっしりとしているがスマートで人懐っこい。
高校大学時代はバスケットボール部でキャプテンだ。
パイロットにはなれなかったがその風貌と
だれからも好かれ信頼される性分は広告代理店でも
遺憾無く発揮されていた。

彼は独身最後の冒険旅行にチベットを選択した。
「ヒマラヤにどうしても登ってみたいんだ」
「ずっと言ってたもんね。でも寂しいな」
「じゃこの時計を俺だと思って肌身離さず持ってて」
ズシリと重厚な腕時計をはずして手渡した。
「こんな大きなものぐるぐる回っちゃうわよ」
「じゃ帰って来るまで抱いて寝てくれたらいいよ」
受け取ったはいいがなんとなく形見を
もらったような気がして心地悪かった。
どこかに一抹の不安が拭えなかったのだ。
「ほんとうに気をつけてよ」
彼女はしがみつくように彼を抱きしめた。

予感は当たっていた。
彼を見送ってから毎日手を合わせていたのに
残念な事に凍えるヒマラヤの一部になってしまった。

どうして彼を引き止めなかったのか。
腕時計を眺めては涙に明け暮れる毎日だった。
半年ほど過ぎたある日のことだ。
彼女はいつもバッグに忍ばせていたその時計の
ブレスレットを自分のサイズに直してもらう事を決意した。
ジャストフィットしてみるとなんだか気が晴れた。
もはや彼と手をつなぐ事はできないが、なんだか
自分の傍に彼を感じた。
守られているような安心感があったのだ。

「ずっといっしょだよ」

それ以来片時も離れずに彼女の腕には
重厚なクロノグラフが光っている。

もうひとつの妄想は。・・・・・体力切れである。つづく。(かも)

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