2019年11月01日

猫にごはんであり、馬の耳に粘土

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映画『イエスタディ』の公開も終演となるようだ。
名古屋では来週末には上映館がゼロとなる。
結局、試写会でいちど観たきりなので
DVDが出たら買う所存だ。

もういちど観たい気持ちになるのは、やはり
きっと自分が見逃したビートルズ愛の表現の部分に
ちゃんと肉薄したい気持ちと、パラレルワールドで
ビートルズが存在しない世界に「あるもの」「ないもの」の
根拠をしっかりと見極めたいという気持ち。

でも、いろいろと調べてみると、思うに結局は
脚本上で、どこかに「謎」を点在させて
スッキリしたい衝動から、もう一回劇場に足を運ばせようという
あざとい戦略なのではないのかと私は思うわけだ。
ビートルズが存在しなかったら、そもそもストーンズは
デビューしてないし世界的なグループにもなっていない。
コカコーラは『Come Together』を歌う前からあったし
煙草も人類とは長いお付き合いだ。

ビートルズの楽曲を自分だけが知っていたとしても
現代に、そのまま受け容れられるなんて発想は
そもそも在り得ないよね。あの4人が、あの時代だからこそ
成し得た奇跡というか神がかり的な出来事。
あの3人のコーラスはなんといっても魅力だし
映画やインタビューにおけるリンゴの存在感は絶妙。
誰かひとりが入れ替わってもビートルズは在り得なかったし
1960年代と云う稀有な人類の発展期だったから
全世界に発信できたし、流通もできた。
ワールドツアーやスタジアムコンサートだって
音響装置の進化あっての出来事だ。
彼らはポップミュージックのありとあらゆる事すべてを
たった9年で網羅してしまった。
今後、あんな勢いでポップミュージックが発展することは
たぶんない。この半世紀で彼らの偉業を超えたアーティストが
出てこなかった事実が、その証明である。

だから、話を映画に戻せば、どこで歌ってもパッとしない
シンガー・ソングライターのジャックが、どんなに
良い曲を作ろうとも、ヒットなどするわけがないのだ。
私の大好きなシンガーに中野督夫さんがいる。
はじめてお店に来てくれた日。
酔いにまかせて鼻唄を歌ったのだが、マイクもギターもない
本気でない鼻唄ですら鳥肌がたつほどに感動したのを
今も鮮明に覚えている。カリスマ的なボーカリストって
鼻唄ですら人を感動させられるのである。
ジョンレノンのシャウト。憂いを帯びた声質。
それだけで人に訴えかけるものがある。
ポールの七色の歌声ももちろん単品で充分に
人を感動させるのだが、それにジョージのか細いが
そのふたりをブレンドする声質があって、はじめて
ビートルズのサウンドが生まれる。
だれも感動させられない歌唱力ではビートルズの楽曲も
猫にごはんであり、馬の耳に粘土だ。
リチャード・カーティスが脚本だから仕方ないけどね。
ビートルズのビジュアルやユーモア、そしてアートセンスも
かなり突出していた事を忘れてはいけない。
だれもビートルズになんぞ、なれっこないのだ。

映画にどっぷり感情移入した時に、パラレルワールドに
生きている、79歳のジョンレノンを見た時には、もう
ほんとうに生きてるかのような気分になって
あのシーンを思い出すだけでも涙がこぼれてしまう。
映画館では、恥ずかしかったがハンカチでなんども
涙をぬぐった私なのである。

とはいえ、何から何までビートルズ愛に溢れた作品であり
見応えは充分。知っている分だけニヤっとしてしまう回数も
多くなるという仕掛けの素敵な映画だ。
これだけネタバラシしておいて言うのもなんだが
まだ観てない人は、今週中にぜひ。

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