Island Story

2013年09月05日

d1e62ec5.jpg8月23日に彼女ははじめて
ウクレレという楽器を手に入れた。
日々の生活になにか不満があった
わけではないのだが、どこか
このままじゃいけないような
言いようのない空虚さを感じていたのだ。
街を歩いていると一軒の
ウクレレショップを発見した。
看板にくまさんが居て、なにか
惹き込まれるように店に入った。
ドアチャイムにまず驚いた。
扉にウクレレが設置してあり
ソドミラ♪と鳴ったのだ。
「買って帰ろう」
その瞬間、ほぼこころに決めた。

数ある中でひときわ彼女の目を引いたのは
オールドスタイルのソプラノウクレレだった。
サウンドホールのロープバインディングや
ペグがレトロな雰囲気を醸していて
12フレットジョイントのボディとネックには
段差がなく水平であり、よりシンプルに映る。
壁一面に美しくディスプレイされている数ある中でも
そのウクレレだけが違うもののように感じた。
「この子だ」と直観した。

それはなんと1879年にはじめてポルトガル人が
持ち込んだカバキーニョという楽器をもとに
そのポルトガル人のひとりがハワイのコア材を
用いて作ったウクレレの原型のレプリカなのだと言う。
丁寧な説明をくれた店員にお礼を言い
そっと胸に抱いてみると言われようのない
至福のフィット感にときめいた。
そうだ、生まれたての赤ちゃんを抱くような
そんな感じだったのだ。
ポロリと鳴らしてみるとこの子は自分のために
生まれてきたのだな、と思えてしまう。

「おりしも今日は8月23日ですね」
「何がですか?」
「最初のポルトガル人がハワイに到着したのは
このウクレレの名前になった1897年の8月23日。
まさに今日なんですよ」

aNueNue 1879 Custom Koa "Vintage Style" Soprano Ukulele
Body : Solid Koa
Neck : Mahogany
Fingerboard : Rosewood
Bridge : Rosewood
Rosette Rope Style
Machine Head : Peghed USA
Finish : Nitrocellulose Lacquer

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2013年09月03日

5c0ea695.jpgハワイの日系移民の歴史は1868年つまり
明治元年にさかのぼる。考えてみて欲しい。
江戸時代の末期に外国に出稼ぎに行く決断。
その勇気が自分にはあるだろうか。
19歳のゼンパン・アラカワ少年が
ワイパフにあるサトウキビ農園で
"飲水配給係" として働くために
沖縄から移住してきたのは1904年
明治37年のことだった。
その後アラカワは1台の
足踏みミシンを手に入れ
既製のシャツやズボンをほどいては
縫いもどすという独学で、縫製を自分のものにした。
そして食材を運ぶためのカウカウバックや
足袋などの商品の他にパラカのワークシャツを
1枚75セントで売り出した。
日本人ならではの器用さと勤勉さであろう。
アラカワが経営する仕立て屋は、後に
ハワイ最大のデパートとなったのである。

このシャツはゼンパン・アラカワの生涯が
イラストとなり柄になっていて、もちろん
彼のトレードマークとも言える
パラカチェックがあしらわれている。
WATER BOYと書かれ天秤棒で水を運ぶ少年は
間違いなくアラカワ少年だろう。
いつどのタイミングで制作されたのかは
定かではないのだがARAKAWASのプリントシャツは
ワークシャツとしてのパラカシャツよりも
ふわっと軽くサラっとした着心地なのだが
ゼンパン・アラカワの人生を羽織る感覚は
不思議とすこしの緊張感をともなう。
「ここぞ」という日に着たくなるシャツだ。

今日のハワイの文化の礎となった
100年以上の日系人の歴史に思いを馳せつつも
目に入った瞬間にはノスタルジックなど感じさせない
時代を超えたデザインの匠がある。

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2013年09月02日

acbe628e.gif彼女には黄色が似合う。
ひょうきん者で彼女のまわりは
いつも笑顔で溢れている。
しかしながらソフィア・ローレンが
演じた「ひまわり」のごとく
芯の強さや実直さ、さらに誠実さが
あるのだからかなり手強い。
高嶺の花もいいところである。
風の便りで彼女がウクレレを
始めた事を知った。
ラッキー!
ひょっとしたら彼女に弾き方を
教えてあげるチャンスがあるかも知れない。
ほんの鼻先程度だがすこし前に
僕もウクレレを始めていた。

「ウクレレ弾けるんだって?教えてくれない?」
まじか。ほんとうに鴨が葱を背負って来た。
「朝めし前だよ。どんな曲が弾きたいの?」
I Girasoliという映画「ひまわり」のテーマソングだと言う。
ヘンリー・マンシーニの書く壮大で悲しい曲だ。
いったいウクレレでどう表現すると云うのだ。

6ヶ月に渡って試行錯誤を繰り返したが
結局ウクレレによるデュエットになり
明日は僕らの初めての人前での演奏となった。

イエローのパラカシャツを二枚用意した。
僕らのステージ衣装だ。
ひまわり色のこのシャツはまだ梱包されたままだ。
リボンをほどいた彼女はどんな笑顔を僕にくれるのだろう。

budoubatake at 03:17コメント(0)トラックバック(0) 

2013年09月01日

83c916a8.jpgハワイに来て三日目である。
仕事はおおむね順調だ。
夜のミーティング、と言っても
半分は遊びのようなものなのだが
相手の都合でキャンセルになった。
そのおかげで今回は来られないと
あきらめていたこの店に来られたのは幸運だ。
ワイキキからは程好く離れた
ヨットハーバーに臨するこの店。
傾きかけた太陽が心地良く
楽園の一日の終わりを彩る。
メニューを見ると"Gaitai"とある。
何かと思ったらガイさんの発明した
レシピのマイタイなのだそうで
なにかしらの大会で優勝した事が
誇らしげに書いてあった。
何度も来たこの店でドリンクメニューを
はじめてしげしげと見た事に気付いて
ひとりほくそ笑んでしまう。
そうだ、独りで来る事なんて、じつは
今日がはじめてだ。
マイタイにくちを付けると、なるほど
たしかにこのロケーションにピッタリの
味わい。そして過度ではないデコレーションに
とても好感が持てる。ポキのひとつも
オーダーしてみよう。ウェイターが言うには
この時間はハッピーアワーですべて半額だそうだ。
こんな贅沢な時間を半額だなんて信じられない。すると
「良いシャツ着てるね」
完璧なアロハスマイルで声をかけられた。
80代と思しき老人にである。
英語に堪能でない僕は「ありがとう」
そう言うのが精いっぱいだったのだがうれしかった。
刻々と陽が沈むのを愉しんでいたらいつの間にか
BGMに替わってウクレレと歌声になっていた。
ハワイのカウボーイソングだ。
ボーカリストと目が合うとウインクをよこした。
その意味を汲み取るのに多くの時間は必要なかった。
彼と僕は、おなじチェックのしかもおなじ赤のシャツを着ていたのだ。
「PALAKA」と呼ばれるハワイアンチェックだ。
先ほど声をかけられた老人だと云う事も
瞬時に分かったのだが、彼があのエディ・カマエだとは
帰国するまで気付かなかった。

今、彼のCDを聴きながら本来ならサイン入りになっているであろう
赤いパラカシャツを風に膨らませベランダでマイタイを飲んでいる。

*新しいシリーズです。完全に妄想。

budoubatake at 23:31コメント(0)トラックバック(0) 
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